インターン記録レポート(21)土屋 洋 サポートの一日

町田市議会議員 吉田つとむ    2004/11 /17 作成 
 土屋 洋 3年生 2004/11/9 到着 
主要研究項目  インターンシップの取り組み

2004年11月9日作成

インターンシップレポート 21
            土屋 洋

2004年11月3日(水)
<今日の流れ>
ボーリング大会に参加
 ↓
新インターン生の面接
 ↓
社長インターンシップ報告会

● 土屋 洋
・吉田さんは毎年恒例行事として「ボーリング大会」を企画しているそうだ。そして、今年度の大会に僕は参加することとなった。
会場につくと、そこには僕の想像していた以上の人が集まっていた。この大勢の参加者を見て、吉田さんの言っていた「準備段階でものすごい時間をかけたよ」という言葉の意味がわかった。社会人の方を大勢集めてイベントをやるのには、相当な日程調整が必要だっただろう。それを実質一人でこなしていたのだから大変だっただろうと感心した。
プレイを始める前にレーン編成で問題が生じたらしかった。それは、参加予定者の数人が当日こなかったので、人数を再び割り振らなければならなくなったからだ。
どうしてそんな事が当日に問題になるのだろうと不思議に思ったが、不参加を事前に連絡しないことはよくあることなのだそうだ。学生の友人同士で集まるわけではないから、そういった事もあるのかなぁ、と思った。
 プレイ終了後には昼食会が用意されており、吉田さんを中心に数人の方が進行を手伝っていた。僕はどうすべきかを考えて、とりあえずサポートができるように隅で立っていたり、周りを気にしていたりした。今回は吉田さんがとても目まぐるしく動いていたので、直接指示がでないことがほとんどだったので、自分で動くことが多かった。 そのため、吉田さんはこれまでのインターンで見たどの日よりも忙しそうだった。
 食事会では、吉田さんの後援会やそれに近い人たちの中に派閥がいくつか存在していることに気づいた。僕の世代でも派閥というのは当然存在するので、それ自体は不思議ではないのだが、共通の支援したい人の会に参加している人同士で派閥が存在しているのは不思議だった。共通の趣味がある人同士は初対面でもすぐに仲良くなれるもので、それと同じようなことがこの会にはあると思うのだが、それぞれで仲のよい人、知っている人同士で固まっているようだった。せっかく吉田さんが苦労して実行した会なのにもったいないと思った。
この会の最後に僕自身の紹介を受け、少し僕が挨拶を述べたのだが、これがまた大失敗で、マイクを吉田さんに渡してから後悔ですぐにでも帰りたくなってしまった。
こういった場でいきなりいい話ができるようになるには、どれだけこういった失敗を繰り返さなければならないのだろう。
 次に、新インターン生の面接会場に移る。面接までには時間があったので、これからのインターンについて話をした。吉田さんは将来的に社長インターンシップの主催者として、インターン生を派遣する側に回り、自分のもとでインターン生を受け入れることからは次第に手を引く考えのようだった。インターンシップは毎回新しい人なので、その都度同じ事が繰り返されているので、そろそろ新しいことに進む時期と感じているようだった。
 政治家といのは自分の趣向のある方向に力を注ぎ、突き進んで行くものだと思う。そして、その中で自分をどんどん成長させているのだと思う。だから、こういった考えを持つことは自然だと思うが、吉田さんのインターンシップに参加できる学生がいなくなってしまうのはすごくもったいない事だと感じた。
 社長インターンシップの報告会では、インターン生の話を聞くことがとても楽しみだった。社長と活動することによってどんなことを考え、何を得たのかを同年代の人から聞くことで、自分にもとてもプラスになると思っていたので、とても興味があったのだ。
 しかし、報告内容は抽象的なものが多く、もっと詳しく質問をしてみたかった。社長の報告も聞きたかったのだが、雑用があって外にでたので聞くことができなかった。
 今日は本当にサポートに徹する日で、アルバイトをしていた日々を思い出した。長時間にわたったのでさすがに疲れたが、それは吉田さんの比ではなかったろう。
お疲れ様でした。

● 吉田 つとむ
 この日に開催したボウリング大会の人数がそろわないので、土屋さんにその穴埋めでプレーしたもらうことからスタートしました。私のとっては、恒例の参加者で主要人物が幾人か欠けていることも痛手が大きかったのです。当日は、予測した通りに参加者が不調でしたが、私にとっては、そうした個別の失敗を乗り越えていくことが必要になります。ただし、この種の行事は失敗=参加者が見込みより少ない事態や、あるいは思わぬ欠席者が多数でると、主催者は予定した会費をあてて支払いをしようにもそれができず、欠損になることは誰にでも容易に理解し得ることでしょう。

 また、「派閥」なるものに関しての意見ですが、一つの会や団体などでは、どのような人物がリーダーになっていようとも、それを形成する小グループの存在や個人がいて、なにがしかの思考や指向が異なるのはごく自然の現れと言えます。グループ全体で仲良くなることと、そのなかで自分がどういう小グループにいようか、それはそれぞれの「なじみ」というものが存在するでしょう。それぞれのマイナス点もありますが、そうとはいえない点もありますので、存在するものと受け止めようとしています。

 土屋さんには、挨拶の場を提供しました。それがうまくいかなかったと書いていますが、本来はどの天のどのような内容がうまくいかなかったか、その記述がほしかったところです。
 その後は、議員インターンシップの受け入れの面接を行いました。このインターンシップに関しては、土屋さんが記している通りの状況にあります。すなわち、自分がインターンシップを受け入れる立場より、インターン生を送り出す立場にその役割を移そうとしています。そのことが前者をやめることになるとは思いませんが、自分にとってその余裕がやや少なくなくなっているのが、実状です。
 ともかく、新人インターン生を一人向かい入れましたので、誠意を持って対応したいと思います。

 さて、その私が主催す社長インターンシップの報告会(第1期目)を行いました。時間的には、その体験期間中に学校の休み期間が入っておらず、予定の日数を消化することに困難性が高かかったようですが、それぞれの体験を持ち寄ってくれました。学生に、個人別のレポートを提出してもらいました。社長さん方には、口頭の報告を行っていただきました。会場では、その内容を阿部善博相模原市議が、適切にまとめてくれたのですが、書き物としては残っておりません。

 足らなかったところは、次期のインターンシップで消化してもらおうというのが、主宰者の考えでした。この日の土屋さんには、作業・準備のための時間を取ってもらいました。全体の日程では、こうしたスケジュールもありうるということを許容してもらうしかありません。つまり、「無料のアルバイト的な役回りを取らせた」ということになろうかと考えますが、内在的な体験にとっては、時にはいつも「傍聴」者でいることは難しいと承知してください。
 おかげさまで、念願の社長インターンシップの主催は、第1期目の取り組みを無事終了することができました。

(注:土屋洋さんは、就職活動を開始する中で、インターン活動を続けることになりました)
(注: タイトルは吉田がつけました)
 
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