ヨーロッパ紀行(土門 剛)
(03/07/18) 

先月、英国とドイツから帰ってきました。
相変わらずのバックパッカー・スタイルでの旅行でした。
ホントにいい年してと思われるでしょう。
本人もそう思っております。
今回は、もう今回はこんな旅行はやめにしょうと思うようなハプニングがありましたが、そのハプニング故にフツーの旅行では味わえぬ経験をしました。

筆者が最初に欧州旅行したのは1969年。学生時代でした。
まだアンカレッジ経由で乗客には北極圏通過証を配った時代です。
それ以来、欧州行きは30数回にもなりましたが、一度は船でドーバー海峡を渡りたい。長年の夢でした。
ちょうどブリュッセルで友人に久し振りに会った後、英国へ渡る旅程を組むことにしました。英国へはフランスのカレーからドーバーへ渡るルートもありますが、ベルギーにもオーステンデという港から英国へ渡るルートがあります。
そのオーステンデ。なんとなくいい響きですね。そこから英国へのルートを綿密に練ったはずでしたが。。。。。

ブリュッセルでの友人との面会が3時頃終わり、ブリュッセル・ミディ駅から電車に乗ってオーステンデに着いたのは夕方5時過ぎでした。ま、7時頃にはフェリー乗船できて、ドーバーには9時頃には着ける、そこからロンドンへ電車で2時間ちょっと。
時刻表も何も調べずに行きましたが、これが大間違いでした。厚かましいことに、同日中には予約していたホテルにチェックインできると安易に考えておりました。

駅に着いて船の乗り場を探そうと駅員に聞けば、フェリーは半年前に運航を打ち切ったとのたまうではありませんか。
それで駅員に思わず大阪弁で「なんでや。地球の歩き方最新版にはフェリーも高速艇も運航していると書いてあったやないか」といってみたところでカモメが笑っているだけでした。「で、どうしたらいいんや」と聞くと、「ここから200キロ西のフランスのカレーに行けばフェリーも高速艇もある。今からだと着くのは10時半!」といわれた時には。ロンドンでのホテルのキャンセレーションがさっと脳裏をよぎりました。どうせ安宿ですけど。

オーステンドからですと英国へ行くには、もう一度ブリュッセルに戻ってTGVで英仏トンネルを通過するルートもあります。料金は2万7500円。なにせスカンジナビア航空で東京ーヨーロッパ往復5万8000円。スターアライアンスのマイレージがつきますの実質4万円ほどの運賃になるんです。12時間も乗って4万円なのに、TGVは3時間で2万7500円。いやいや東京ーヨーロッパ間 3万キロ。ドーバー海峡はたかだか100キロ。

ブリュッセルでTGVに乗らなかったのにはもう一つ理由がありました。TGCVはカレーとドーバー間はユーロトンネルを通過します。このトンネル、日本が世界に誇るトンネル掘削技術をフルに使い、しかも日本の銀行からの融資も受けて建設されましたが、英仏のユーロトンネル公社なるものがすぐに経営破綻。邦銀の融資分がかなり焦げ付いたようです。それで小生は「ユーロトンネル利用の日本人旅行客には優遇
せよ。せめて通過客にはシャンパン一杯を!。それができねば利用を拒否せよ(?)」と主張しているのですが。。。。でも邦銀ってお馬鹿さんですね。あっちこっちに金を貸しては焦げ付かせてきている。ま、輝ける80年代の邦銀のありし佳き日の残骸ですね。

ホテルのキャンセル代やらを考えましたが、ついぞこの不条理にはあらがえなく、結局、カレーからドーバー海峡を渡るルートに挑戦することにしました。カレーでヒラメでも喰おうか。自分がアホらしく思えて、こんなジョークも出ていましたよ。

ドーバー海峡は、ヒラメが有名なんです。狭い海峡の早い潮流で身が引き締まったヒラメはドーバー・ソールと呼ぶそうです。英国人はそれをムニエルにして食しますが、えんがわ部分をカットします。そのえんがわ部分をロンドンの寿司屋に売ってボロ儲けした日本人商社マンがいたそうです。それを知ったのは、ハロッズのデパ地下。えんがわがメニューにありました。日本では、さっと板前が出しますよね。その日の最
高の上客に。それがロンドンではメニューに。その裏には商社マンのアイデアがあったのです。

閑話休題。オーステンドからはブリュージュまで戻り、そこからフランス方面へ行く電車に乗り換え、フランスのリールでまたカレー行き電車に乗り換えることになりました。夏時間のヨーロッパは夜9時前まで明るく車窓風景を楽しむことができました。
オランダ、ベルギー、フランス北東部(リール当たりまで)はフランドル地方と行って、中世以来、毛織物産業が大いに発達したところだそうです。

私の乗った電車は、リールを過ぎる上客が1人減り2人減り、カレーに着く40分ほど前には何やら怪しげなアラビア人と思しき若者だけになりました。「もしやイラク人かな」と思いつつ様子を見ているとぶつぶつとコーランを暗誦しているではありませんか。「やはり」と思いつつ、駅に着く20分ほど前に「どこから来た」と聞いてやりました。

そのアラビヤ人、愛嬌のある顔を差し上げ「イラク」というではありませんか。「イラクのどこだ」には「クルドだ」と答えてきました。初めてのクルド人との出会いでした。でも日本人にはクルドもイラクも、シーア派もスンニ派も分かりません。

再びそのアラビア人、いやクルド人に「どこへ行くのか」と聞くと、たどたどしい英語で「英国、ロンドンへ仕事探しに行く」と。思わず「パスポートかIDカード(身分証明書)はあるのか」と聞けば、笑って「ノー」でした。で、どうやって英国に入るのかと聞くと両手を拡げて何かにしがみつくようなポーズで「シャヒーン、シャヒーン」とか叫んでおりました。どうやら長距離トラックのトレーラーの上にはいつくばるようですね。ボロ船に乗って日本を目指す中国人よりも安全だし成功率は高いよう
に思われました。

写真をご覧になればお分かりのようにボストンバッグも何もなしでした。水さえ持っておりませんでした。ま、着の身着のままでの職探しなんでしょうが、一つ驚いたことがありました。故郷のクルドを出たのが3ヶ月前、つまりイラク戦の前で、ラジオも聴けず新聞も読めないはずなのに、イラク国内の出来事を実によく知っていたことです。例えばフセインはロシアに逃げたというような噂話から、小生がその朝BBCラジオで聴いたイラン国境での紛争も知っていました。どうやって、そのような情報
を入手するのを聞きそびれましたが、命がかかると情報の入手の仕方もずいぶんと事情が違ってくるようですね。

それに英国への侵入ルートにカレーを選んだこともクルド人にとって大正解でした。
フェリーの運航の中止が決まったオーステンデは、カレーとの競争に敗れてしまったようです。でもそのクルド人はどうやって知ったのでしょう。不思議ですね。カレーは、フェリーの乗船口が6カ所もありました。1時間ごとに英仏間を往復しています。
そのため長距離トラックが深夜でも100台から200台近くが駐車しています。運転手が仮眠している間にトレーラーの上にはい上がってしまうのでしょう。あるいはクルドの送り出しシンジケートがあって、彼らが手引きしているのか。

電車がカレー駅に着いたのは10時半でした。飯も喰っていなかったのでご馳走してやろうと思って電車を降りてから声をかけようとしたら、もういませんでした。夜陰に紛れて線路伝いにトンヅラでした。その間、わずか数十秒。見事でしたね。彼にとって最大のリスクは駅で待ち受ける警官なんですね。改札口に行けば待ちかまえていると思い、さっと逃げてしまったのでしょう。

それに不思議なことは、フランスの車掌さんです。30歳ぐらいの女性車掌でしたが、車内を通り過ぎても検札をやろうとはしませんでした。見て見ぬ振り。発見しても相手は一銭も持っていませんしね。そのクルド人に小生が「切符持っているか」と聞くと、笑って「ノー」でした。言い忘れましたが彼はクルドを脱出してトルコに入り、そこからブルガリアかルーマニアかユーゴスラビアかクロアチアを経由して船でイタリアに渡ったそうです。そこからは列車でスイスかオーストりーを経てドイツ、ベルギー、フランスとやってきましたが、すべて無賃乗車。日本人ならペナルティを取られるところですね。

この出来事をみて、もし彼が自爆テロをやる過激派だったらと思いました。あの状況ですと。数百人規模のイラク人やクルド人が英国に不法侵入しているとみて間違いないでしょう。国境での水際作戦がいかに難しいかを思い知らされました。

夜10時半にカレーに着いた時、この時ほど、もうこんなしんどい旅行はやめにしょう。心底そう思いましたよ。
何よりもホテル探しが大変でした。その夜はイースター前夜で、しかも全仏ユースサッカー大会がカレーの町でありホテルはどこも満杯。ホンマに「ええ年こいて、アホやな」と反省しきりでした。手当たり次第にホテルに当たっても空室なし。
こんな時はどうするか。最悪の事態を考えることです。フェリーターミナルで雑魚寝すればよいと腹をくくりました。そう思ってビール一杯飲むためバーに入りました。
そこのマスターのようなあんちゃんに、「どこか部屋はあるのか」と聞いたら、運よくあんちゃん経営のホテルに空室がありました。
この時ほど「海のモノは山で探せ、山のモノは海で探せ」という格言(?)を思い出した時はありませんでした。で、4000円ほどの安ホテルに無事チェックイン。
そのあんちゃんに着いて裏通りのホテルに歩いていった時は、「おい金出せ」と言われるのではないかと、ちょっと怖かったですね。
チェックインしてすぐカレーの町に繰り出しました。
表通りに「カフェ・ド・パリ」なる看板を見て、ああここはフランスだなと思いました。ちょっとうらぶれた町の風情はジャン・ギャバンがひょいと出てくるような港町の感じがしました。そのカフェ・ド・パリの前にカジノもありましたが、入れ墨を彫ったあんちゃんが出入りしそうなあまり品のよくないカジノでした。通過儀礼のつもりでルーレットで一勝負をやりましたが、4000円ほど負けたところで切り上げてホテルに引き上げました。

そしてロンドン。事情が分かっている英国人は人混みを歩こうとはしません。仕方なく歩くときは路上に異物がおいてあるかどうかを丹念にチェックしているそうです。
彼らには来たアイルランド紛争によるテロの苦い経験もあります。でも観光客は何も知らずに繁華街へ出ていっています。

帰りのスカンジナビア機は65%ぐらいの搭乗率。テロを恐れて日本人観光客も敬遠気味のようです。おかげで連休中でも往復7万円台のチケットが出回っているそうです。

吉田注: この分は、農業問題の評論で有名な土門 剛氏の紀行分です。
      いまだ元気に活動している、吉田つとむに「ご褒美」として、ご送付いただいた紀行文ですが、本来はタイトルがありません。
      吉田が、勝手につけたものです。