上越新幹線、上越線の復旧工事
(04/11/29)

 私が観察した新潟中越地震の報告です。
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新幹線復旧工事の仕事 - 吉田つとむ 11/15-09:54 No.5269
新幹線不通のための代替バスの詳.. - 吉田つとむ 11/15-11:08 No.5270
在来線・上越線の復旧工事 - 吉田つとむ 11/15-11:46 No.5271
この間の代替バスの運行について - 吉田つとむ 11/15-12:07 No.5272
信濃川は分岐し、魚野川 - 吉田つとむ 11/16-12:07 No.5299
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新幹線復旧工事の仕事 - 吉田つとむ 11/15-09:54 No.5269

 今回は、新幹線車両の脱線という驚くべき事故がありました。幸い運転手の機敏は対応で、人命を失う事態は免れましたが、震災の脅威を改めて感じさせる内容でした。

 その現場を遠めに見たところでは、昨日段階でも脱線した車両の搬出が出来ていませんでした。特に一昨日の夕方には、事故現場の近くで様子を眺めていましたが、クレーン車でもって、別の台車を運び上げている状況でした。その台車に、脱線した車両をクレーンでつるし上げて、載せる作戦だろうと見ていました。

 私が現地に滞在していた間は大きな余震が起きませんでしたが、脱線した新幹線車両を別の台車に移し変える作業は、慎重、かつ勇気を持ってせねばならない作業です。その間に、大きな余震が起きないことを祈っています。

 さて、新幹線の路線復旧の工事では、トンネル部分のコンクリートの欠落も話題となりましたが、こうしたところを自分で確かめにいく手段はなく、とにかく、その工事の無事を祈るばかりです。

 他の新幹線路線復旧工事では、川西町付近と記憶していますが、川に仮の橋を架けて、その先端にクレーンを置き、高架橋で出来た路線の復旧工事をしていました。私が現場を見たのは、14日に代替バスで小出方面に走行する際に、バスから窓越しに見たものです。他の乗客はまったく興味を見せなかったその光景ですが、私には最も感動的な復旧工事の一つでした。鉄道関係専門の建設会社の人たちが活躍しているはずです。もちろん、元請・下請と想像される大勢の皆さんが、総力を挙げて復旧に取り組んでいました。

 なお、その他の地点には行きだす余裕もありませんでしたので、たまたま通り合わせて、その現場を見た事象に過ぎません。私が知る以外のところで、もっと厳しい環境下で新幹線復旧工事をしている人たちがいるに違いありません。
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新幹線不通のための代替バスの詳.. - 吉田つとむ 11/15-11:08 No.5270

タイトル:新幹線不通のための代替バスの詳細

 関東からの行程では、新幹線が越後湯沢駅以降が長岡駅まで不通となっています。まだまだ、その復旧には日数を要することでしょう。新潟県にとっては、生命線であるこの上越新幹線が止まっていては、人の行き来が大変不自由な状況です。

 その間のルートでは、別の記事に書いたように関越自動車が一応開通し、高層道路を通る代替バスが走っています。越後湯沢駅から長岡駅に至ろうとすれば、その方法が最適です。

 私が乗車した11月12日には、越後湯沢駅→長岡駅直行の便と、関越自動車道大和PAに停車する、2種類のバスが運行していました。

 参考までに前にも書きましたが、途中でトイレ休憩もなく、直行で走るのが越後湯沢駅→長岡駅直行の便です。他方の、関越自動車道大和PAに停車する便は、新幹線の浦佐駅が利用できないために、代わりに停車するルートであると考えます。こちらは、トイレの利用が可能でしょう。

 このバスの乗車では、駅の構内で誘導があります。乗車人数の把握がきっちり行われるのが特徴です。そこで乗客は列を成し、誘導員に従って、バスの停車場に向かいます。これで、間違えて乗車することは起きないでしょう。もちろん、乗車券の拝見も明確に行われます。

 長岡駅の校内で見ていましたが、その他の代替バスも同じ方法が取られていました。おかげで、大きな混乱は起きていませんでした。
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在来線・上越線の復旧工事 - 吉田つとむ 11/15-11:46 No.5271

 在来線でも多数の不通区間があり、それらは各一般紙に掲載されている通りでしょう。

 在来線でも、各区間で鉄道関係者による精力的な復旧工事が行われていました。私が見た区間はわずかですが、上越線の長岡駅から小出駅間では、宮内駅は外側からは醜くなっており、自分が乗車していたバス内から見たのみでは、復旧事情は不明でした。ただし、工事車両やその種の工事の人もその周辺に見当たらず、工事をしていた形跡はうかがえませんでした。

 次の、越後滝谷駅は悲惨な状況でした。数十人の作業員や監督の人たちが人力と小型のシャベルカーを使って、路盤やプラットホームの復旧作業に励んでいました。また、架線を支える柱は大きく倒れ掛かったものが目立っており、まだまだ復旧はこれからと言う印象でした。

 小千谷駅は駅舎に至る階段部分から立入禁止となっており、瓦礫が積み上げてあるような状況で、これまた復旧はこれから本格的になると言う感じでした。

 その先の越後川口駅は、代替バスの路線から見えない地点に停車しました。そのため、駅舎などの損傷具合は不明ですが、周りの状況から無傷であったはずはないと判断しています。

 次の北堀之内駅も駅のそばには止まりませんでした。一般のバス停のところで停車しました。この付近では、家屋の損壊が目立ったところはありませんでした。(ただし、あくまで、自分の視界の範囲での記述です)

 北堀之内駅の次は、越後堀之内駅、そして小出駅となります。その区間に前後して、山崩れで土砂が線路を埋めているところがありました。シャベルカーが2台ほど見えましたが、人出はそれほど見当たりませんでした。これから、土砂を排出するだけでは済まず、線路の検査も入念になされることでしょう。
 
 途中で、列車が線路上の放置されているところがありました。その区間は徒歩で歩いていたのですが、そばまで行かずに、遠くで眺めて確認したのみでした。

 私は、越後堀之内駅の地点から小出駅までは代替バスを利用せず、徒歩でその行程を行きました。その間のバスの運行時間から見ると、距離は4-6キロ程度であり、1時間くらいで到達できるものと楽観していました。

 途中で信濃川をわたりました。会津若松方面へのルートの分岐点もありました。自分は高崎方面に歩いていました。どうも様子が変であり、道端の人に聞いてみると行き過ぎていました。疲れた足取りで、引き返して「小出」のきれいな商店街の前を通って、さらに信濃川にかかる橋を渡り、ようやく小出駅に到達しました。

 その小出駅からは最近上越線が復旧しており、六日町を通って越後湯沢駅に到着できました。そこからは、新幹線自由席で東京まで一息です。
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この間の代替バスの運行について - 吉田つとむ 11/15-12:07 No.5272

 この路線(長岡駅から小出駅間)の代替バスは、時間表を見ると2時間半の道のりです。12日の段階では、さらに小出駅から越後湯沢駅間の代替バスの運行が表示されていました。私がそれに乗車した14日は、その小出駅から越後湯沢駅間の鉄道が再開していました。

 結果的に、私は長岡駅から小出駅間を代替バスに乗車することにし、さらに一駅前の越後堀之内駅から小出駅までは、こうした機会も少なかろうと、新魚沼市の中を徒歩で移動しました。

 まず、代替バスでの移動は、かなりの旅行に相当します。乗客の幾人かは、鉄道駅に着いた時点で、トイレに行かせてほしいと運転手さんに求めました。心得たもので、運転手さんは気安く、「はい、どうぞ」と答えます。最も、停車時間を見越した運行なのでしょう。今日のように、雨の月曜日は道路も運行車両も多くなって、停車場でのトイレも簡単には出来ないかも知れません。

 なお、小千谷駅は仮設トイレを使用することになります。駅の右手、4個のトイレが並んでいます。そうしたところで、トイレの使用は落ち着かないかもしれませんが、雨の日の気温が下がった日には、上品な振る舞いは似合いません。以降にボランティアでこのルートを通る皆さんは、その覚悟していてください。最も、私はそのバスに最初から乗車するつもりでいたので、水も飲まず、ペットボトルもバックに仕舞い込んでバスに乗っていました。
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信濃川は分岐し、魚野川 - 吉田つとむ 11/16-12:07 No.5299

 あとで地図を点検してみると、私が徒歩で渡ったのは、信濃川の支流で魚野川でした。橋の名称は、堀之内橋となっています。ここらの橋も橋げた付近は亀裂が起きたようで、アスファルトで補修されたあとがありました。

 信濃川の本流は飯山線方向となっており、十日町方向に連なっているわけです。この方面には小千谷・川口方面が復旧しない限り、上越線小出駅に連なる六日町からほくほく線を利用して、十日町駅に至る経路になっています。

 ただし、私はその路線まで足を伸ばさず、小出駅から越後湯沢駅まで一直線で戻ってきました。

 こうしてみると、新潟中越地震を被災状況を見るといっても、自治体だけでも半数にも満たないエリアしか対応していないわけです。

 果たして、次に被災地に行けるのはどのような時でしょうか。
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