3期連続TOP当選 吉田つとむとは?

直近の平成30年町田市議選(7期目)を3期連続トップ当選。個別対応形式のインターンシップが好評で若者育成を図る。自民党を排除された後、現在まで完全無所属、支持政党なし。過去各種選挙に13回立候補し、7勝6敗する。6期目に議長も務めて改選し、町田市議選史上最高票を獲得。議会内では「保守の会」に参画。ユーチューブ「発見動画チャンネル」を運営。零細企業営業マンを務め、政治経験が長い。ネット関係の著作、講演もある。

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国葬、内閣葬、議会葬に関して2020.10.19

町田市・東京都・日本

 中曽根康弘元総理の葬儀に関して、今回「内閣自民党合同葬」とされましたが、その葬儀の形態自体は通例のようですが、それを弔意を示す半旗(弔旗)を掲揚する対象を官庁から、国立大学や教育委員会を通じて全国の教育機関にそれを求めたのは、尋常ではなかったと思います。羽生田光一文部科学大臣の意向が反映され、多くの大学がその通達にしたがったことは、端的なことばで言えば、禍根を残すことでした。またしても、政治家のあるいは、官僚機構で「忖度」が働いた行為が存在したと言えましょう。

 さて、葬儀では、表記のように、国葬、内閣葬、議会葬などがありますが、それを改めて、資料や体験を通じて、推し量ってみたいと思います。

 まず、大きなことでは、昭和天皇の大喪の礼がありました。皇居前広場にできた記帳所に出向いた記憶があります。また、後日、御陵にお参りいかせていただきました。*以下、ウキペディアを参照して記載。他方、政治家では、国葬は1967年に死去した吉田茂の例が唯一の例とされています。佐藤 栄作元総理は、内閣・自由民主党合同葬であり、現職総理とした総選挙の最中に亡くなった、大平正芳元総理も内閣・自由民主党合同葬で行われたとあります。これは、内閣とその当事者の所属政党が行う慣習で実施されているもので、今回の中曽根康弘元総理が「内閣自民党合同葬」であったことは通例なのでしょう。ただし、弔旗の対象を、教育機関を対象にしたことが問題とされるのだと思います。政治的な意図があったと言われてても、仕方がないでしょう。

 次いで、議会葬ですが、現職の衆参議長・副議長が死亡した場合、議院の主宰による葬儀が行われる。また(憲政の神様と呼ばれた:吉田が特記)尾崎行雄衆議院議員は特に衆議院葬が行われているというものです。衆議院と参議院が全く別個に存在するのが特徴です。一般の議員や元職ではそうした扱いが無いようです。

 さて、町田市議会ではどうなっているか、経験的に記載したいと思います。私は、議員在職中(現役7期目、ただし、途中で辞職して別選挙に出たことで3年間空白)に、現職議員の葬儀に3回遭遇しました。1期目、5期目(副議長)、6期目(議長)の時がそれに当たります。
 1期目は、元副議長の方が現職で亡くなられ、一般の議員として出席しました。準議会葬と呼ばれています。その方のことは良く覚えていますが、葬儀のことは良覚えてはいません。

 次いで、私が5期目副議長の時に、現職の伊藤康人議員(元副議長)が若くして亡くなられ、その準議会葬が行われることになりました。葬儀委員長は、川端一隆議長が務め、私は、葬儀副委員長を務めました。他に、伊藤康人議員の後援会長も副委員長を務められました。当時まで町田政界では、有名な方でした。大半は議会事務局が取り決めを担当しますが、デリケートな部分をその後援会長を打ち合わせを行いました。その方と私はそれまで縁がなく、一度も顔を合わせたことがありませんでした。こわもてとの評を聞いていましたが、決してそうしたことは無く、一言も注文をつけられることはありませんでした。最終的には、議長の承認をいただきます。また、正副議長で自宅にお悔やみにいかせていただきます。その葬儀では、準議会葬として、議長は冒頭で、故人に対して議会を代表して弔辞を述べ、副委員長は最後に、列席者にお礼を述べた記憶があります。また、副委員長は、列席者の一部の方の案内を行い、元市長の大下勝正氏を前列席に案内した記憶が残っています。その大下元市長は、個人の伊藤議員を子どものようにかわいがっていたと聞いていました。

 私の6期目、議長在職中に、現職の上野孝典市議会議員(元議長)が任期の最終定例会の最終日に亡くなれました。その日は、訃報をお聞きしたばかりで、葬儀は、年末のことでした。会議の中では、正式にお伝えする状況にはありませんでした。その後、議会事務局と打ち合わせ、あるいは議会の代表者に説明をしたり、所属会派(公明党)と打ち合わせたり、慌ただしい日程が進みました。自宅には、副議長と共にお悔やみにまいりました。事務局を含めて、家族の方と話をする必要があります。悲しい出来事ですが、事務的な扱いをどのようにするかの協議が必要になります。

 参考記事: 2017.12.28 上野孝典元議長のお通夜(準市議会葬)、町内の夜周り
       この中に、記載漏れがありますが、上野孝典議員が所属された公明党の山口那津男代表(参議院議員)がお参りに来られました。式の前に到着し、お参りをされたわけですが、その公明党の山口那津男代表(参議院議員)は、私に対して、丁重な役務の御礼を言われました。街頭やTVで見かけることはありましたが、穏やかな話し方が印象に残っています。 
 また、この日には、故 上野孝典市議会議員(元議長)の奥様にご案内し、傍聴席に座っていただいていました。最愛のご家族を前にして、追悼の言葉を述べるのが、追悼演説の姿だと理解しました。この日は、議長の発声で、全員が本会議場で、故 上野孝典市議会議員(元議長)のご冥福を願って黙とうを行いました。

 上野孝典市議会議員(元議長)は優秀な議員で、私と同じエリアに住む議員でした。地域の行事で何度も顔を合わせる機会がありました。よきライバルであったわけです。議会の発言も際立っており、財政問題の質問に感心していました。期数は4期目で議長に就任され、何度か同じ委員会にも所属しました。体を悪くされてからも、会議に出て、委員会で熱心に発言される姿が印象的でした。

 上野孝典市議会議員(元議長)の葬儀(準市議会葬)では、私が葬儀委員長を務めました。現職議長が死亡して葬儀の場合は、市議会葬の扱いになりますが、経験者となると、一般の議員と同じで準市議会葬になります。

 その葬儀自体のことは、当時のブログで記載しましたが、葬儀は家族の意向が尊重されます。葬儀ですので、宗教・宗派の流儀が優先され、上野孝典市議会議員(元議長)の葬儀(準市議会葬)では、実質的には、創価学会の葬儀のようでした。僧職の人を介しない方式に思えましたが、私自身は、宗教・宗派に極めて疎いことを書き添えておきます。また、葬儀の前に、上記の公明党の山口那津男代表(参議院議員)がお参りされ、式では、公明党の東京都本部代表. 高木 陽介衆議院議員が代表して参列されました。宗派の在り方に基づく重厚な葬儀の印象でした。

 参照:故 上野孝典元議長の追悼演説をおこないました2018.03.13

 また、別のことですが、元議員(元市議会議長)が亡くなった場合は、議会の対応ではない形になっていました。私の議長在職中に、すでに引退された元議長の方が、亡くなられたことがありましたが、議長公務ではなく、一般で自宅にお悔やみにお伺いし、葬儀にも個人(社会的には現職市議会議長の対応)で参列いたしました。
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