終戦=敗戦記念日に思うこと。
私が通った福岡県立福岡中央高校は、その前身を福岡県立高等女学校と言い、第二次大戦中、陸軍大日本帝国陸軍第6航空軍司令部がおかれていたということです。その隣には、名門の福岡女学院(日本で、最初にセーラー服を着用したというミッションスクール)があったそうで、戦後の時代、 福岡女学院 は、市内の郊外部に移転しています。
その 終戦=敗戦 からずいぶん経って、第二次世界大戦(太平洋戦争)の末期、日本は特攻を使った作戦を行っていますが、その際、「特攻」ができなかった人の存在が明らかにされています。まだ、詳細は未知の部分があるのですが、彼ら(陸軍)が福岡にいたとすることまではその概要が出ていますが、その中で、特記すべき存在として、帰還者が収容されていた場所として、振武寮(しんぶりょう)と存在が、浮かびあってきましたが、それは放送作家の毛利恒之氏の小説『月光の夏』ー2003年に映画化されたことで部分的に明らかになったとされています。
押し寄せる米軍艦隊に対して、出撃基地への帰還を前提にせずに、特攻機でもって体当たりを挙行する存在ですが、戦争末期、出撃後に機体故障が発見されたり、敵を発見できずに帰還したものがあり、ひそかに置かれたというものです。それに、 福岡女学院の寮であったというものです。
そのもっと多数の資料があってよさそうですが、内容が内容ですので、なかなか表に出てこないでしょう。 福岡県立福岡中央高校(その前身を福岡県立高等女学校)は、卒業生には博学な女子が多く、その研究者や文筆家が出てきてもおかしくないと期待を込めて、 振武寮(しんぶりょう) の存在の深層部を探り出す人材が出てこないものかとひそかに願っています。
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