石原慎太郎元東京都知事が昨日亡くなったというニュースがありました。有名かつ、強力な人物でした。自分に照らし合わせての記憶を書きましょう。
握手をしたことがありますが、それは東京都知事選挙に合わせて、町田市で都議補選があった際、吉田つとむがその候補者に指名された時のことでした。その時は他の都議会選挙区でも補選があり、全部で5-7選挙区ほどで選挙が都議補欠選挙が行われました。自民党はその全選挙区で候補者を立てましたが、そのすべての予定候補者が都知事室に呼ばれ、ところてん式に記念撮影をしましたが、撮影方法も画質も出来栄えがスナップ写真程度のものでした。
私の準備も悪かったのですが、実際にそれが登場する場面がありませんでした。そのほかに、都知事選挙の期間中、町田市内で石原都知事候補の街頭演説会が開かれることになりました。私の陣営(実際には、吉田つとむ本人)に、人の動員、その演説場所の確保、演説用のミニステージを設営などの指示があり、皆で手分けをして、相当早い時間から準備をしました。その場での声出しは、許可の車が来ないとできないのでその到着を待ちました。石原候補自体は到着が遅いのか、それともどこかで待機して英気を養っているのか、なかなか顔を見ることができませんでした。その場の仕切りは、石原 宏高衆議院議員の陣営で、その石原 宏高 氏も候補の登場前に演説が行われました。
都知事選挙の最中ですので、私が(マイク許可がない)前触れもできず、私はじっと出番を待つのみでした。どこかで一言の発言の機会があればと爪を研いでいましたが、その時は訪れませんでした。都議会予定候補の𠮷田つとむの出番は一切ありませんでした。私にしてみれば、無駄なエネルギーをかけさせられるだけで、自分の出番がないことで応援者には不審がられ、結果的にはマイナスに働いていたものと思います。とは言え、そうした時に自分が声を出せる様相はなく、無理やりでも、そばに寄り添うべきものであったでしょう。
そして、会場を使用した演説会開催の要請が来ました。当事者の私は、党に対して、その開催を断りました。おさまっていたと思っていましたが、なにがなんでも会場を設定した個人演説会を開催しろというものでした。公共施設を使える場所はその時点で取れず、ホテルを借りることになりました。会場費は半分づつとしていましたが、石原陣営には何も通じず、選挙戦後まで持ち越しになりました。私は、その際に落選者であり、あらゆる意味でそれは悲惨でした。この間では、間に入った人も大変な目にあったと推測していますが、その人だけには気の毒な思いと、労力をかけたことになりました。なお、その際は、一度くらいは石原都知事と握手をしたと思いますが、相当の距離を置かされた状況でした。選挙は勝たねばならない、候補者は強ければならないと、臥薪嘗胆の気持ちが沸き起ってきました。
さて、石原慎太郎都知事のことでは、私が好意的な印象を抱くには、靖国神社に西郷隆盛らが祀られてらいないのを問題化し、賊軍扱いをするのをやめるべきだと、亀井静香衆議院議員らと提起したことでした。靖国神社参拝に国民全員が共感を持てない大きな根拠がそこにあります。私は、あえて、石原慎太郎氏の良さは、そうした根源的な問題を話題化できることだと思っています。
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吉田つとむHP 前町田市議会議員 吉田つとむのブログ生活一般
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