昨日は、原町田6丁目若葉会の納涼盆踊り大会が浄運寺境内で開催され、午後6時から午後9時までロングランでしたが、全曲踊りました2025.08.24記 ちなみに、法要山 浄運寺と共催と言うことであり、「盆踊り」の起源に沿った趣旨であろうと思いました。記録やマイクでそうした案内がなされたもので、それというのもこの種の本部と言うものに普段から縁をほとんど持たず、ただただ踊り手として参加しているためにお寺さんのことも知らずに来たものです。以前、亡くなった人の葬儀でお参りに伺ったことがあるだけでした。また、この日は別の会場の盆踊り大会に参加していたのですが、その日程が何と10月に変更されたというものでした。「地球温暖化」というものは、そこにも影響しているのかとの感慨が起きています。
ということで、吉田つとむはこの原町田6丁目若葉会の盆踊り大会には初めて参加しました。踊りて仲間の方からお知らせいただき、参加した次第です。実際に会場に着くと、そろいの浴衣の人が大勢いました。ただし、その人たちは開催役員の人たちで踊り手ではありませんでした。

午後6時の開催では踊り手3名でスタートしました。お子さんも踊りだしたことで、踊り手が数曲は3人から5人でした。
これからどうししたものだろうと思いながらひたすら踊り続けていました。太鼓は矢口囃子連の方がたたいておられました。厳密にいうと、矢口囃子連というのは、相模原市のお囃子ですが延々と太鼓をたたいていただいておりました。
踊り手も応援部隊のようで、最初は玉川学園の「夢ごころ」さんが主導し、当初はその2人と私の合計3人でスタートしました。曲目は「お馬の親子」や、「ジンギスカン」などの子どもの曲でスタートすると、2-3名のお子さんが入ってくれました。午後6時30分くらいからは、単独(あるいは数名)で参加する、盆踊りの踊り手が徐々に集まりました。私の盆踊り仲間の人たちが三々五々、踊りに加わり、一応の人数になってきました。この時間に訪れていた、村松俊孝都議会議員(当選1期:元市議会議員)が吉田つとむを撮影して送信していただいた写真がこの写真です。


午後7時からは中町中央町内会の踊り手(2グループ:世代で分かれている感)の皆さんが主導していました。その間に、少数や個人で参加している人のリクエストで盆踊りが進められ、私の踊り仲間の人もCDを持参してリクエストをした人もありました。場所が街中ということもあって、若者が立ち寄り、最後の時間まで踊りに加わることが目立っていました。

この日は、午後8時か、午後8時30分頃に終わると思いましたが、延々と午後9時まで盆踊りがありました。途中、10分の休憩が3度あり、正味は2時間半のものでした。吉田つとむは冒頭のお馬の親子から延々と休まず踊ったことで、全曲踊りをこの日も達成しました。決して踊りが上手いわけではなく、延々と踊り続けるのが性に合ってわけですが、さすがに炭坑節を何度も踊らされるのは苦手です。なお、生まれは一般的な炭坑節の本場、福岡です。
太鼓(お囃子)の方、盆踊りで一緒になった幾人かの皆さんにご挨拶をして、復路も一駅の電車で自宅に戻り遅めの晩御飯となりました。
追記:地元の方にお二人挨拶をしました。一人で商店街の長老のお一人で、来賓席の前列に座っておられるお見かけしたことで、その前に立ちご挨拶をしました。最近、お店で見かけることがありませんでした。そのほか、踊りの輪の外にたまたま来られた昔からの顔役のお一人で、久しくお会いしていない方にも挨拶しました。「吉田議員は石破さんと同じで酒の場で和むことをしようともしない」とご指摘、批判をいただきました。妙なところだけ似てしまいました。何とかして権力を奪取する点が似ればよかったと思いかえっています。後は、来賓席に座った人で幾人かと目があったことで会釈をしました。さらには、帰途につかれる方とも数名、頭を下げあいました。昔から、「可愛げが無い」と言われた癖が歳をとっても変わらないままでいる自分にもどかしさも感じております。
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吉田つとむHP 町田市議会議員 吉田つとむのブログ



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