著作推薦関係記事 八木大介(木本平八郎)元参議院議員に案内
地方議員のための支持者をふやすホームページの鉄則 町田市議会議員 吉田つとむ)

<見だし>
八木元参議院議員に案内
補足説明・公設秘書

八木元参議院議員に案内(2003年6月30日作成)

 今日は、木本平八郎(八木大介)元参議院議員を横浜市に訪ねました。本日発売の新著を届けるためです。

 木本(八木大介)元参議院議員は、昭和58年に参議院議員選挙に初めて比例代表選挙が導入された際、サラリーマン新党の候補者として第2位にランクされて当選されました。

 私は、特別の縁もないのに、その八木議員の第1秘書に指名されました。東京に出てきたのは、そのことによるものです。意見が異なったり、立場を違えたりしましたが、私のことはずっと気にかけていただいてきました。

 ご本人は、八木大介(愛称をこめて、以下八木さんと表示)のペンネームで、日経新聞社の懸賞小説で1等に輝いた「青年重役」という小説で、デビューされました。下記のサイトにその小説の紹介があります。
http://www.tku.ac.jp/~sakai/seminer/list/ya.htm

 そうしたことも重なって、私は今回の執筆中に、八木さんにその出版計画を打ち明けました。当時、その八木さんは入院中でしたので、特に私の話に期待していただきました。

 今日、その出来上がったばかりの本=「地方議員のための支持者をふやすホームページの鉄則」(学陽書房)を手にして、出版日の当日、八木さんの当地を訪問しました。

 久しくお会いしていませんでしたので、横浜には夫婦での訪問としました。

補足説明・公設秘書

 上記の八木大介参議院議員(当時)は、昭和58年に当選されたのですが、その当時は、公設で秘書が2名おくことができました。

 ご自身にはそれぞれのご縁もあったものと考えますが、全国をその選挙で遊説したメンバー(吉田は、宣伝カーを長時間運転ができ、記者会見を現地で状況に応じて設定でき、即席で少々演説でき、なおかつでしゃばらない人物として、当時のサラリーマン新党内部で重宝されました)を選択されたのでしょう。実際には、そうした遊説の宿泊先で、夜を徹した議論を戦わしたことが、心を許せる秘書の役をゆだねられた理由と考えます。

 公設の第2秘書には、やはりウグイス嬢をその選挙で務めた、現役の女子大生がつかれました。その人は、週刊誌のグラビアトップにも掲載さて話題になりました。

 このように、八木元参議院議員は、ざっくあばらんなタイプの政治家でした。商社マン(三菱商事)を退職し、サラリーマン小説を書いての、政界登場でした。メディアへの登場も何度もあった政治家でした。

 私自身は、こうした状況とは程遠く、メディアの目にはほとんど触れない、黒子の世界に近いところにおりました。細くすれば、当時は政策秘書制度はなく、実質的に第1秘書が、議員の代理をする機会がたびたびありました。今となっては、貴重な体験でありました。