この文章は、輪島塗の現状(1輪島塗の食器などの日用品と、2漆芸)2025.04.14 の続きです。
能登半島地震の発生で、輪島塗の工房が大きな被害を受けたということでした。輪島漆器商工業協同組合(■漆器共同販売事業■漆等の共同購入・加工事業■展示会等の需要開拓事業を行う)の説明によると、組合員103事業所 朝市周辺が12事業所と5店舗の17事業所が火災で全焼。他に30事業所ほどが全壊、30事業所ほどが半壊以上、その他の全事業所が準半壊・一部損壊という被災状況でした。その後の豪雨では19事業所が床上・とこ下の浸水被害があって二重の被害になったということでした。
それらは、再建を目指して、失った道具や購入を進めています。と令和7年1月の時点でHPのあいさつ文で書かれています。
そうした状況は、輪島漆器商工業協同組合の輪島塗会館の様子や輪島市内を巡ったり、あるいは石川県輪島漆芸美術館の敷地内の仮設工房を拝見すると、より鮮明になりました。輪島塗の業界や企業、工房の苦境はこうして訪れたものにとってもその片鱗がうかがえるものです。そうした気持ちもあって、輪島漆会館の販売コーナーに立ち寄らせていただいたものです。


ネットのAI概要では、【輪島塗の生産額の推移】1991年:180億円(ピーク、2018年:推計38億円、 2022年:24億円。
【輪島塗の従事者数の推移】1990年:2893人(ピーク)2022年:1045人(約30年で6割減) とされています。
震災があった2024年はもっと極端に製造、売り上げが減少したことでしょう。もちろん、生産設備は、輪島漆器商工業協同組合のHPあいさつ文にあるように、旧来に比べて一定の回復が図られるでしょうが、【輪島塗の生産額の推移】にある数字自体を回復しうるような改善、あるいはそこから考察される売り上げの回復が見込まれるかと言えば、なかなか展望は開けないでしょう。そのことは、一人当たりの生産額の激減状況から推測できるものではないでしょうか。

石川県は、2025.04.10、石川県輪島漆芸美術館において、#第1回輪島塗の若手人材の養成施設の整備等に関する基本構想策定委員会を開催しました。この会議には、馳知事が出席しているものでした。TVカメラや新聞記者も多数が集まっており、一定の報道もされました。それによると、<馳浩知事が「創造的復興」というキーワードを掲げ、輪島塗の海外への販路拡大など施設の将来像について議論が交わされた。>読売新聞2025/04/10 19:47ネット記事参考
しかし、震災と豪雨で甚大な被害を受けた能登半島市地域、その中の輪島市であり、国の経済的な支援は大きいだろうと思います。ただし、それは販売増や、販売高の復活になるかと言えば、それは困難が付きまとうことは必定です。
そのことは、上記の数字から、この30年間で売り上げは13%に減少しており、当時は一人当たりの生産高は、約620万円(概算)が230万円とピーク時の40%未満の数字になっています。果たして、こういう厳しい数字の生産高の世界に若者に訓練と修業を求めたうえで呼ぶことが現実的な政策となるのか、私には疑問とするものです。

朝市が開かれていた場所、地震で大火事が起き、現在は更地になっている。
*来訪した、次の週から測量が始まったと言うニュースが出ました。

私は博多人形という、伝統工芸品の販売(卸売り)業界におりました。今から50年前頃のことでした。当時は羽振り良く働いていました。当時起きたオイルショックを期に、私がいた会社は終業となりました。業界での閉業は最初のことで、社長は無傷で引退、私は転職を強いられました。同業企業に新入社員で転職するのは気持ちが許さず、まったく畑違いの業界に入り、ただし、同じ営業職の経験を積みました。その後、1980年頃以降、同業他社も大半が倒産、閉業の波が訪れました。今や、博多人形は絶滅業種ともいわれています。いくばくかの人形師と販売店が生き残る存在になったのではないでしょうか。
当時、大きな社会的な変化は、和風の家が一挙に洋風化し、また、都会では団地の建設が進み、日本人形や博多人形がガラスケースに入れられて、部屋の重要部分に収まることが激減していきました。また、家族構成が大家族から核家族化し、世代を超えて、「人形」が部屋の中で相応の場所を占める様相は合わなくなりました。
そうした中で、唯一、節句物のひな人形や武者人形が家の中で飾る存在として生き残ったのではないでしょうか。もちろん、そうした子どもの誕生、成長を祝うべき人数も減少していきましたが、それも「子ども」はそれぞれの産業分野の商売を成り立たせるキーワードではないでしょうか。
今回の大阪万博に、輪島塗の<輪島塗大型地球儀「夜の地球 Earth at Night」>が貸し出されていることを記しました。一方で、博多人形は、日本が参加した1900年のパリ万博にも出品されて人気を博したと、業界にいた時に聞きました。今年の大阪万博では、440万円の博多人形(1体限定で販売されていた440万円のミャクミャク博多人形が、開始30分で売れたことがニュースになっていました。輪島塗の出品では、どういう奇跡が起きるのでしょうか。
また、一般の生活の中で、家庭の中で、輪島塗の食器をそろえる家がどれだけあるでしょうか。私は毎日味噌汁をいただきますので、お椀が必要ですし、それが軽くて丈夫な輪島塗は最適です。プラスチックのお椀とは感触もまるで異なります。狭いアパートの部屋の中で、和食器(食器や重箱など)、洋食器(皿や鉢類)、あるいはラーメンどんぶりなどを収める必要があります。
果たして、インスタントの食品が一般化したり、あるいはウーバーイーツや出前館の宅配が繁盛する時代に、輪島塗の食器は誰を対象に作られるのでしょうか。私は日本の個々の生活の中で、食器が、輪島塗がその特性を生かした豊かな生活観を提唱できるかにかかっていると思います。それ以外には、幅広い人たちに愛される製品づくりを目指すのではなく、限られた人や展覧会の受賞を目指した工芸美術品を造る道しかないのではないでしょうか。
外国人を対象に販路を拡張するとする考え、方法が、「第1回輪島塗の若手人材の養成施設の整備等に関する基本構想策定委員会」が出されていますが、一人二人の天才的な技量を持った人材が出て、その作品が外国の人に認められること、相当の値段で買われることはあったとしても、多数のインバウンド客を購買層にする路線は成り立たないのではないでしょうか。
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吉田つとむHP 町田市議会議員 吉田つとむのブログ



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