4期連続TOP当選 吉田つとむとは?

過去各種選挙に15回立候補し、8勝7敗する。直近の令和4年の市議選に出て勝利し、4期連続トップ当選。個別対応形式のインターンシップが好評で若者育成を図る。自民党を排除された後、現在まで完全無所属、支持政党なし。6期目に議長も務めて改選し、7期目に町田市議選史上最高票を獲得。さらに、8期目は7期目を上回る史上最高票9206票を達成。議会内では「無所属」に参画。ユーチューブ「発見動画チャンネル」を運営。零細企業営業マンを務め、政治経験が長い。ネット関係の著作、講演もある。

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久留米市出身の坂本繁二郎と青木繁の友情と人生、坂本の思いを形にして収集したブリジストンの石橋正二郎2025.07.14記

活動報告

 久留米市出身の坂本繁二郎と青木繁の友情と人生、坂本の思いを形にして収集したブリジストンの石橋正二郎2025.07.14を記しました。
 久留米市出身の著明な画家である坂本繁二郎(1882年ー 1969年)と青木繁(1882年ー1911年)は小学校の同級生でした。片方は、画家として成功した上に天寿をまっとうしましたが、青木繁は、その才能が広く認められる前に夭折しています。しかし、この二人は画家として成長していく過程において地元の中で交流が互いを磨きあっていたようでした。

小学校3-5年の同級生(博学でかつ、フレンドリーな丸山君)と旧交を温める2025.07.11(私は久留米市の隣の筑後市立羽犬塚小学校に3年弱の期間に在籍)

 結果的には、青木繁の作品は散逸してしまうことになるのですが、坂本繁二郎が青木繁の作品の価値の高さを、地元久留米の石橋正二郎に説き、作品の収集を依頼したものです。石橋は、文化にも造詣が深かったことあって、坂本繁二郎の要請を受け、青木繁の作品収集に精を出し、立派な作品群を収集したものです。当然、唯一無二の作品が含まれるわけでしょう。

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 石橋文化センター内の石橋正二郎記念館には、坂本繁二郎の自画像が飾ってありました。また、青木繁の作品は、「光明皇后」がそろってケースに収めれていました。 そこから、 久留米市出身の坂本繁二郎と青木繁の友情がうかがえますし、ある意味、二人の人生の長さの違いと共通性を表わしたものでした。また、その施設や美術館、あるいは文化センターなど、石橋文化センターと言われますが、その敷地とともに久留米市に寄贈され、現在は、「公益財団法人久留米文化振興会」が管理を担当しているものです。

 ただし、「世の人々の楽しみと幸福のために」を理念とする「石橋正二郎」が収集した、坂本繁二郎と青木繁の作品の大半は、東京のアーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館が全面的に改修したもの)を運営する「公益財団法人 石橋財団」(東京都中央区京橋)が収蔵管理している様子でした。

 なお、ネットのAI検索で、坂本繁二郎の代表作は、「松間馬」(1938年)、「うすれ日」(1912年)、「少女」(1922年)、「読書の女」(1923年)、「自画像」(1929年)、「肉弾三勇士」(1935年)、「パリ郊外」(1923年)、「静物」(1918年)、「帽子を持てる女」(1923年)などが挙げられます。と表示されます。
 また、同様に、青木繁の代表作は、ウキペディアによると、

黄泉比良坂 [1](1903年、東京藝術大学大学美術館蔵)
自画像(1904年、東京藝術大学大学美術館蔵)
天平時代(1904年、アーティゾン美術館蔵)
海の幸(1904年、重要文化財、アーティゾン美術館蔵)
大穴牟知命(1905年、アーティゾン美術館蔵)
日本武尊(1906年、東京国立博物館蔵)
わだつみのいろこの宮(1907年、重要文化財、アーティゾン美術館蔵)
朝日(1910年、佐賀県立小城高等学校黄城会蔵)
 とされている。

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