「遠くまで跳ぶんだ。」という電車広告の学習塾のCM、その言葉から一瞬にて閃いた小野田譲二氏の記憶2025.06.20
「遠くまで跳ぶんだ。」というキャッチコピーを記したのは、ena ena|都立・私立の中学・高校・大学受験(看護も美術も)もお任せ という中高公立受験を一番にうたった学習塾でした。
この時期は期末試験前後、それを過ぎると本格的な受験勉強期に入ることになるのが受験生の夏のことだろう。皆さん、頑張ってください。
さて、タイトルに書いた小野田譲二氏という人物は、埼玉大学の出身(除籍になっているので、正式には籍があったと称すべきかもしれない)という学生運動ではマイナーな大学の部類になっている中で、70年代において、気を吐いた人物となっている。当時は組織と言えば、「党」と「同盟」、それも党とは共産党のことを言った。今でも、そういう言葉が染みついた人もいる。方や、同盟と言えば、ブントを主要にはさしていたと言えよう。一方で、それらの組織を観念的に避けたものとして、全共闘の存在があったと理解するのがスムーズであろう。
その小野田譲二氏は、「遠くまで行くんだ」のいう誌を発行している。政治運動や学生運動の論評があるので、それに集えば、一つのセクトでもあったろうし、党の否定が頭にあって、あえて、アナーキズムに親近性を覚えるかのようなタイトルとなっているとみなせよう。
これらの物は70年安保を機にほぼ消滅したと言えようが、この人たちはなぜか、数十年後、復刻版を出して、往年のことを言及するだけでなく、探求している姿が特徴である。もとより、こうした当時に活躍した人材の少なからぬ人物は大企業や官庁に入ったわけではなく、そこなくともそれからは外れたところで職を確保したようである。この小野田譲二氏もその一人で、学習塾で働いていた経歴になっているし、科学(系)の出版を行い、専門の数学の分野でずっと著作を出しているのは見事と言えよう。なお、小野田譲二氏は、私より一回り近く上の世代となっている。彼が紛争時期に発行していた誌は、数学的なタイトルでなく、いかにも文学的なタイトル(遠くまで行くんだ)であるのが特徴である。
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