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町田市議会議員 吉田つとむ

吉田つとむインターンシップ 第57期生 古閑 永都

インターンレポート第6回 古閑 永都(私立高校2年生)2025.12.19

 「武相荘見学と白洲次郎の仕事」

 今回は能ヶ谷にある武相荘を見学しました。武相荘は吉田茂の側近として戦後GHQとの交渉を担った実務官僚である白洲次郎の終の棲家であり、随筆家である妻・正子の思想の拠点でした。当時にしては広い家屋でしたが物は多くなく、ブランド品にも殆ど頼らない質素な生活をしていたようです。活動的だった白洲も晩年にかけては籠りきりでポンと舞い込んでくる仕事をこなしていたようで、彼の本にまみれた仕事場には政治に関するものだけでなく歴史書、詩集、各種参考本など多様な種類があり、仕事の幅広さが伺えます。別棟には職を辞す際にマッカーサーに贈ったとされる椅子が展示されており、それには円状に5つ星が彫られています。当時マッカーサーが就いていた「元帥」は五つ星将軍とも呼ばれていた為だと考えられますが、ここからも白洲の形式張らない、無言ながらも最大の敬意をひしと感じました。白洲次郎は政界で活躍しましたが、政治家ではありません。武相荘には彼を称える勲章や権力誇示の為の展示品は一切無く、正に一般人の人格がそのまま残る場所です。政治は人格の延長であることを実感し、何を語るか以前に自分の芯を大事にすることの重要性に気付かされた機会でした。そして私はまだ未成年ですが、大人の目線からも見方を改めるきっかけになりました。





吉田つとむのコメント
 この日は、戦後の政治家のブレーンとして有名な白洲次郎の住まいであった武相荘を訪れました。𠮷田茂の仕事で対米交渉の戦後処理の実務をになった官僚とも言える存在です。その住まいが町田市能ヶ谷(当時の鶴川村の能ヶ谷)にあったもので、「不愛想」にかけて、地名の武蔵と相模の領域に当たる武相地域の住居名に充てたものでしょう。
 白洲次郎が戦前から愛したのが自動車、またカレーライスが好みであったという。




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