本日は、赤坂区民センターにおいて、第5回楽歌踊謡(筝・三絃などの演奏と謡、地唄舞・日本舞踊、さらに、殺陣や獅子舞など盛りだくさん)を楽しく鑑賞2025.02.02しました。前記の町田市文化協会賀詞交換会を途中退席しての出席でした。
楽歌踊謡の会には、結果的にと言うべきか、本来はもっと遅く着くはずが少しでも早くと、前の会を途中退席にして駆けつけたものでした。

資料やパンフレット
まず、尺八の善養寺惠介氏は、ずっと出演でした。場所柄、ずっと座っての演奏だけでも感嘆するのに、後に名演奏家と知りました。

ワークショップで、筝の指導、外国人の参加が目立ちました。
午前に初心の小中学生の出演もあったようですが、到着がその時間は間に合いませんでした。到着したのは、休憩の1曲前の教師披露の時間からでした。
演目は吾妻獅子と言い、三絃、筝、尺八の三重奏でした。筝の演奏者を改めるとそうそうたる経歴の先生でした。解説が書いてあり、吾妻下りや吉原の言葉が出ていました。伊勢物語が出てくる一方で、遊郭の話が背景にあるのでしょう。そうした見識に欠く私には遠望の世界の話のようでした。
中間の休憩があって、後半の部の出演者に私を誘っていただいた方の名がありました。また、大きな教室の講師の方でもありました。曲目は百々花火というものでした。美しい花火がバックに映し出される中での大掛かりな筝曲でした。
「尾上の松」はめでたい演目と思いましたが、それだけではないかも知れません。
日本舞踊の新娘道成寺は私がイメージしたものとはだいぶ違っていました。華やかさより、なまめかしさを感じるものでした。私は思う道成寺は八百屋お七の原型かと思っていましたが、解説によれば、ここでも遊郭が舞台であるようでした。また次の鑑賞の機会にと思いました。
次いで、殺陣がありました。.華麗な動きの男女10人でした。中に、筝曲を演じた人もありました。全く異なる才があるようで感心しました。

関係国の国旗ですがほとんど、国名を言えませんでした。恥ずかしい。
次いで、名護屋帯と言う題の地唄舞が演じられました。名護屋というのは名古屋市の事ではなく、肥前の名護屋と解しました。出身が福岡であるゆえに直感したことでした。私が働いていた業界の博多人形の題材に地唄舞というものがありました。狭いスペースの部屋で踊る特徴があるようです。記憶では、中腰で扇を開いた仕草であった記憶がありますが、もう、40年以上昔のことでした。また、名護屋帯と言うものに関して、袋帯と比べて長さが短く、手先が半分に折ってあるものをものを言い、正装には使わない、街着というのが、妻の私への説明でした。なお、妻は40年前頃、博多織の卸屋にいました。
次いで獅子舞が登場しました。子どもの獅子でしたが、神楽の面を被り、獅子との相互の登場した。その獅子舞の一行の姿を見ると、1戸1戸を訪ねる姿が基本に見えました。なお、獅子が客席に入ってきて、私の前列に来た時、午前の部に出演した幼児が初めて見た獅子の顔の形相に驚き、大声で泣き出し、会場にはかわいそうにと言う気持ちと、獅子の中の子はかわいいのにねー、という気持ちに包まれていました。
獅子舞は幕の前、客席の前列の間に入りの舞でした。その間、舞台の幕が閉じており、大掛かりな出演準備が進めれれていました。
フィナーレは、「春陽楽 第四楽章さくら」(宮城道推作)が、筝、三絃、胡弓、十七絃、尺八、打物の組み合わで総勢28名の出演者が勢ぞろいした演奏でした。赤坂区民ホールの舞台いっぱいに出演者が広がり、演奏の迫力も合わせて圧巻でした。やはり、宮城道雄の曲は時代を超えてさわやかさを伝えてくれました。
なお、会場撮影は禁止で、映映えする写真は使えませんでした。まお、こうした古典の分野に関心はあっても本来の門外漢であり、かつ、織物の話は妻が言ったことを勝手に解釈した面がありますので、間違いの部分はご指摘にみにしてください。
会場の外では、盆石(篠原昌人氏)や地唄筝曲美緒野会のワークショップが開かれ、少し覗いてみました。


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