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若者育成の街・交通文化都市

詳細版:吉田つとむの経歴 個別記載 メイン main profile



 平成6年選挙時

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情報公開のエキスパートを自任する。ネットと学生のインターンシップを長年実施してきたのが定評。

 市議会は、7期連続当選。直近は連続3期トップ当選する。5期目以降、完全無所属で「支持政党なし」する。具体的には、下記や個別ページをご覧ください。選挙は各種選挙に立候補し、直近(令和2年)まで、7勝6敗する。議長選挙も、1度目は2票で4人立候補中で最下位、次の議長選挑戦で、2016年10月議長に就任。201年3月任期満了。
 
 
平成6年以降、市議連続4期当選し、議会のネット中継を提唱し実現。自分の活動も常に開かれたものとし、ネットを通じて双方向政治を求めてきた。

生活や仕事の現場に自分の足を踏み入れ、絶えず住民意見に耳を傾ける。組織の代弁者であるより、常に個人のネットワークを優先した政治スタンスを取る。ある時は行政の停滞に鋭いメスを入れ、政治の透明性と公平性を厳しく追求した。

平成19年2月、市議を辞職。同年4月、都議会補欠選挙に挑戦。その際届け出た、自民党東京都町田市第十支部長は、自民党から離党を強いられた時点で、組織解散を届出。「都政直結・身近な政治」をスローガンにして、多摩都市モノレールの町田延伸を主体に交通問題の取り組みを訴えた。選挙では74,245票の大きな支持を受けるが、今一歩及ばず。捲土重来を期し、新たな政策課題の研究や幅広い交流の輪を求めて、再スタートを切る。

 町田市内外の幅広い住民の方から心強いご声援をいただき、新たに「健康と文化の東京都宣言」を掲げ、都政再挑戦を目指し、日々精力的に活動する。地方議員・政治家の勉強会にも積極的に参加し、新たな課題を発見している。さらに、市議時代より議員インターン(研修生)を常時受け入れ、社長インターンシップを主宰するなど、若者の政治参加・社会体験を高める活動に注意を傾ける。平成21年都議本選に無所属(徒手空拳)で立候補し、善戦するも敗退する。政治への思いを捨てず、選挙の翌日から政治活動を継続。


 
平成22年2月の町田市議会議員選挙に無党派無所属で立候補し、5期目をトップで当選する。議会構成の選挙で副議長に当選する。

 平成26年、町田市議会議員選挙に再度、無党派無所属で立候補し、連続トップで当選する。政党・団体の推進や支持もまったく受けず、あるいは推薦人も一切なく、居住地域の支持もなく、完全無所属の選挙戦でした。平成28年(1016年)10月〜平成30年(2018年)3月任期満了まで議長を務める。

 平成30年(2018年)町田市議会議員選挙に再度、無党派無所属(支持政党なし)で立候補し、3期連続トップで当選する。その得票、8354票は、町田市議会選挙で歴代最高票と選管職員より聞く。所属は、保守の会。

九州は博多の出身。長年、民間企業サラリーマン(営業職)として全国を飛び回る。その仕事の中で、全国サラリーマン同盟の活動に参加し、納税者であるサラリーマンの政治参加の可能性を見出してきた。サラリーマン新党の設立にもいち早く参加し、最初の比例代表選挙では、候補者=名簿登載者として九州から北海道まで全国を遊説して回った。その後、上京し、国会議員公設秘書、都議秘書を経験。政党事務局員も務める。

過去に、非権威主義の政治運動(アナーキズム)、水俣病患者支援活動、上記のサラリーマンの政治参加運動、情報公開法を求める市民運動、震災被害者現地支援活動などに取り組む。(元)町田市消費生活センター運営協議会委員。

(地方議員・政治家の研修セミナーである)清渓セミナー実行委員会監事、(NPO法人)ユニバーサルファッション協会運営委員。ネット分野を中心に講演やコンサルタント業務にもかかわる。(この最後の項は、都議選挑戦時期の記述がメイン)

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