私は工芸品に関してなんの技術、技能もない能力で博多人形界に入りました。人形を売る。それも一般消費者に店頭で売るのではなく、デパート、ホテル、土産屋、人形店や家具店を主に顧客としていました。他に、商社(卸屋)や外国貿易もありました。ちなみに、私が入社当時、沖縄は米軍占領下であり、日本の領土ではありませんでした。そこで、沖縄への出荷は貿易輸出でした。
私の仕事は、博多人形という工芸品を遠く離れた街(九州内だけでなく、中四国や関東をめぐる。ただし、担当エリアに移動がありました)で出かけて行って販売する営業を10年以上していました。そのため、工芸品を観る能力が備わって当然です。TVの鑑定団の先生とは違って、ものの価値(価値や価格)がわかるのでなく、物が売れるか売れないか、その見極めるのが一番の役目でした。
また、その会社は一部製造も手掛け、卸売がメインで、小売りも1店舗も持っていました。また、少なからずのデパートで、社員を出して委託販売も行っていました。
そのため、売れるものを売るだけでなく、利益幅が大きい自社製品をいかに割合で相手に買っていただくかが二番目の役目でした。そのために、自社の製造品に関しては、意見と要望を社長に述べ、ある時は、職人さん、人形師さんと直接話し合いをする機会が持ち、人形の面相や絵付けにいろいろ意見を述べていました。ある時は、期待通りのものができ、そうでもない時もありました。ですが、顧客に売れる製品を進めるべきであり、それが長年の商売で信頼を得る方法だと思っていました。
携帯電話はなく、ポケベルもありませんでした。用があった場合、自分で会社に電話をかけるか、あるいは、移動中の取引先に、伝言をしていただていましたが、いったん会社を出ると、一人で何事も判断する職業でした。
その経験が何事にも役立っていると思います。
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