この記事は、「能登半島地震の被災者がどこまで地元に戻れるか2025.03.01」の続きです。能登半島地震では、この地震によって多大な被害を受けました。おそらく、いまだに復旧、復興していない自治体や地域はたくさんあるでしょう。その地元に復興資金を投入することに大半の人は異論がありません。
ただし、多額の復旧資金を投入したとして、能登半島地域が復興できるか、以前に増して復興した街と地域が勘定するかと言えば、容易ではないでしょう。それは、以前の人たちがそれぞれに元の地域に戻ってくるかという疑問です。それは2次避難をために遠隔地に移った人がそこで就業や進学の場を見つけると、そこに根をはることになるし、過去の居住地に戻ることは考えられないことは大きな理由です。
その点、阪神大震災の時は、神戸市内で被災者が被災地の近くの避難所、仮設住宅で過ごせました。遠くても、郊外電車の沿線上でした。それは地震の種類が局地型であったためであったことと、水光のライフラインを早期に復旧できる場所であったことによるものと言えるでしょう。*もちろん、能登半島地震では、復旧、復興の在り方がボランティアの受け入れを拒否して、役人と自衛隊、警察、消防、そして専門業者に動員をかけるのみでした。そのため、もっとも被害が大きかったところにばかりに目が行き、震源から離れた場所、あるいは被害が少なかった場所の支援、復旧まで遅れる原因になりました。人が被災地から離れる、去ることにつながりました。私が言いたいことは、人災も見逃せないし、政治の被災復旧対応が誤っていた面が見逃せないと言うものです。
#能登半島地震復興の遅れ,#地域の地形の特殊性,#人災も含めた別の原因,#阪神大震災,#ボランティア,#多額の復旧資金,#町田市議会議員,#吉田つとむ,#避難所と仮設住宅,#政治の被災復旧対応,
吉田つとむHP 町田市議会議員 吉田つとむのブログ



コメント