昨日は武相バレーボール大会の開催を山梨県の高校生から聞き、その試合の一部を観覧2024.08.11記を書きました。
会は第77回武相バレーボール大会という名称ですので、今の世代の人には分りずらい用語ですが、(第二世界大戦が終了した1945年から2年目の1947年の)戦後すぐに始まった大会だということが分かります。長い伝統があり、男女やいくつかの世代ごとに試合が行われているようでした。この日は、高校生の試合だけが行われました。
武相というのは、武蔵野と相模の双方で武相となります。それではあまり広範囲ですので、町田市と相模原市、及びその周辺をさして、武相地区と言われることがあります。地元紙に「武相新聞」と言うものがあり、まさにこの新聞の記事の対象は、町田と相模腹の政治・経済・文化・スポーツの話題を集める形式で発行されきました。また、武相荘(ぶあいそう)という建物が町田市鶴川地区にありますが、白洲次郎・白洲正子夫妻が疎開以降にずっと住まった自宅の名称をそのように名付けていました。

さて、この武相バレーボール大会は男女でその広がりが異なりますが、武蔵野の三多摩地域と相模の神奈川県内に及んでいます。一部は東京都区部の西部の学校名も見えました。さらに、山梨県の東京よりの学校も参加していました。参加校は全体として多くないのですが、公立校も私立校も参加している上でに、同じ学校で複数チームが参加している例もありました。2日間にわたって、予選、決勝のリーグ戦が行われたようですが、私の近くの高校も参加していたのですが、前日の予選リーグにのみの参加であったようでした。なぜなら、今日は見かけませんでした。コートに立つ、町田高校のユニフォームが見えました。ちなみに、私がこの試合を知ることになったのは、山梨県の日大明誠高等学校の生徒さんでした。試合ぶりも見せていただいたので、感想もその場でお話しました。

こうしてみると、町田市立総合体育館は、バレーボール界の重要拠点であることは分かります。駅から比較的に近く、メインアリーナとサブアリーナを同時に使えば、6試合を一斉に進めることができるのが大きな利点になっているようです。

来年は、この武相バレーボール大会の試合を見るだけでなく、近隣高の応援にも行ってみようと思いました。
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