一般の仕事納めと、政治家業界の年末年始の相違2025.12.25を書きました。明日で大半の人たちの仕事は休みに入ります。一般の商品も明日まで納入されるか、次は初荷として出荷されます。私は社会人で仕事をしていた時、12月31日の夜、除夜の鐘の音を聴きながら仕事を終えていました。それは初荷を準備したものです。12月31日も出張で、夕方会社に戻り、それから、初売りに持っていく商品のチェックをするためでした。
もちろん、大方の商品は会社の中で製品管理の部門の人たちが事前に用意をしてくれていましたが、それも12月30日あたりになっていました。なにせ、自分の取引先が12月31日まで店舗(デパート、おもちゃ・人形店など)が営業をしており、言ってみれば、相手は年間で最も大きな稼ぎ時でもありました。

私が働いていた業種の取引先では、おもちゃ店が元旦から営業しており、相手の店にとっては大きな商売時で、店舗内のストックを減らして、元日から納品を受け取りたいという考えの店舗もありました。
他方で、初仕事は1月3日の取引先の初売りに合わせた日程が多くなっていました。正月の挨拶周りもありあすが、1分1秒でも店舗の手伝いをしながら、各取引先を巡っていました。3日はデパートと人形店を3-4か所回っていました。1月4日か5日に納品するべき商品の注文を見込んでいました。
以下は、一般時の話ですが、その間、入社したその年を除いて体を壊して(風邪を含めて)休んだことは一度もありませんでした。移動はまず自動車を使っていました。私は会社に入った頃は、今の軽自動車サイズの車と、あとはバイク(250㏄クラス程度)を使用しており、バイクの荷台に大きなケースを積んで走っていました。翌年にはダットサントラックの荷台に骨組みを幌で覆って荷室を作っていました。数年後には、その車は大量の商品を詰めるようにパネルバン型の1tトラックを使っていました。後方でドアをつけたスタイルでしたが、特注タイプでもっと野暮ったい格好の車を使用していました。マツダクラフト、トヨタハイエース、最後はディーゼル車のいすゞエルフに乗っていました。その中で乗り心地はハイエースが一番、燃費はいすゞエルフが一番でした。キャブオーバータイプ車ではマツダが開拓者であったと思います。
ともあれ、会社を一歩、いや、会社からタイヤを一転がしたら、完全に自分一人の世界、携帯電話はもちろん、ポケベルも無い時代、全て自身の判断で予定地を巡っていました。時間の調整は昼食時間を使っていました。会社に戻ってこれるのは、午後7時から8時が標準、デパートが売り場の移動などをやると、会社に戻るのは午後12時ほどになっていました。会社に何時に戻ろうと、1日に400円の手当て、ラーメン1杯が100円ほどでした。県外出張の手当ては1000円で勇んで出かけていました。労働基準法も、車両の安全運転管理もまるで及んでいない仕事の連続でした。
当時、仕事時間に撮影した写真が全くないのが、今となっては不思議です。
自分にとって3代目の車の時代の写真と沖縄に行った写真が残っていますが、その当時の取引先は、デパートも無くなっているか、大幅に規模が小さくなっており、私が戦場にしていた人形売り場はその当時の面影もありませんでした。元旦から営業していたおもちゃ屋さんも無くなってしまったようでした。参考:商店街に子どもの笑顔と賑わいを 市民向け説明会開催(7/22) 福岡県直方市HP *株式会社スズランとは全く別の店でした。
また、議員になって調べて見ると、沖縄のコザ市(今の沖縄市)にあった、米軍関係の商社も痕跡もありませんでした。訪れたのは沖縄返還当時の頃でした。
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