3期連続TOP当選 吉田つとむとは?

直近の平成30年町田市議選(7期目)を3期連続トップ当選。個別対応形式のインターンシップが好評で若者育成を図る。自民党を排除された後、現在まで完全無所属、支持政党なし。過去各種選挙に13回立候補し、7勝6敗する。6期目に議長も務めて改選し、町田市議選史上最高票を獲得。議会内では「保守の会」に参画。ユーチューブ「発見動画チャンネル」を運営。零細企業営業マンを務め、政治経験が長い。ネット関係の著作、講演もある。

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合唱もあったコンサート鑑賞の午後2020.1.26

活動報告

 本日は、町田市民ホールで開かれた、荒谷俊治名誉市民記念 まちだ・みんなのコンサートを鑑賞しました。このコンサートは、町田市在住、指揮者 荒谷俊治氏の 名誉市民の称号を受けて、開催されたものですが、その 荒谷俊治氏は本年1月1日に故人となられました。1930年生まれ、享年89歳でした。ただし、この日のコンサートは予定通りに開催され、荒谷氏は観客席で演奏を聴くことになっていなっていたとのことでした。

  指揮は田邉賀一氏、ピアノは門谷真歩さんでした。演奏の出演は町田フィルハーモニー交響楽団、町田市合唱連盟、及び、町田市立南成瀬中学校合唱部と町田市立南中学校合唱部でした。 荒谷俊治氏 は、 町田フィルの草創期からそれを全面的に指導し、 町田市合唱連盟も何度も指導の機会を持っていました。

 この日の演奏が、ベートーベン ピアノ協奏曲第3番ハ短調Op37 、次いで、第2部は合唱曲が演奏と合唱の組み合わせで楽しめました。 第3部は、ワーグナー 楽劇「タンホイザー」より序曲と入場行進曲が披露されました。一大演奏会+合唱となった演奏会を堪能しました。

 舞台には、幾人かの顔見知りがあり、中学生は地元と言うこともあって、良く知った子も出演していました。また、意外な身近な人を舞台で初めて見たり、合唱は日ごろからほとんど聞いたことが無かったことでのことで、驚きました。

 休憩時や終了後に、顔見知りの人と幾人も出あいました。お互い、観客として入場していたものです。なお、こうした演奏会では来賓スタイルは無く、一般席での鑑賞であり、副市長も私と同じく一鑑賞者としての立場でした。

 なお、荒谷俊治氏は、私の出身高校(県立福岡中央高校)の校歌の作曲をした人であることが最近知りました。母校の歴史を観ると、*同校の校歌を学校HPより連載しました。
1898年(明治31年)6月6日 – 福岡市立福岡高等女学校設置認可。
1900年(明治33年)5月23日 – 福岡県福岡高等女学校と改称
1918年(大正7年)6月6日 – 旧校歌制定。
1949年(昭和24年)4月1日 – 福岡県立福岡中央高等学校と改称。(吉田注:共学になりました)
1957年(昭和32年)6月6日 – 新校歌制定。
 とありました。創立120年、旧校歌(県立高女時代のもの)が 1957年(昭和32年) まで使用されていたことになります。
 この 1957年(昭和32年)に新校歌ができており、作曲者の荒谷俊治氏は、まだ27歳であったことがわかります。当時、自分が歌っていた校歌を誰が作ったかも知らずに歌っていました。 #町田市民ホール,#荒谷俊治名誉市民記念,#まちだ・みんなのコンサート,#福岡県立福岡中央高等学校,#校歌,  #町田フィルハーモニー交響楽団,#町田市合唱連盟,#町田市議会議員,#吉田つとむ

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